私は天使なんかじゃない







聖なる光修道院






  信仰もいいだろう。
  崇拝もいいだろう。
  大切なのはそれを強要しないことだ。





  メガトン。夕刻。
  ゴブ&ノヴァの店。
  一般の客はおらず酒場関係者、俺、宿泊客のMr.クロウリー、酔い潰れて寝てるスプリング・ジャック一味だけだ。何故一般の客がいないか、まあ、簡単な理屈だ。
  現在戒厳令中だからだ。
  「あー」
  俺はテーブル席に突っ伏した。たった今戻って来たばかりだ。実に濃い一日だ。
  ようやく片付いた。
  ようやくだ。
  「兄貴、お疲れ様でした。肩でも揉みますか?」
  「……何か食いてー……」
  「ゴブさんに注文しましたから、ちょっと待っててください。あっ、お酒注ぎますね、どうぞ」
  「……サンキュな……」
  ごきゅごきゅ。
  手渡されたジョッキを一気に飲み干す。
  くぅー。
  ピールが喉に染み渡るぜ。
  「良い飲みっぷりですね、兄貴」
  「ありがとよ」
  「ED-Eと軍曹さんが店の外で警戒してますから一息ついてください」
  「そうさせてもらうぜ」
  俺はホルスターを外して、テーブルの上に雑に置いた。
  弾丸をかなり使っちまった。
  整備も必要だ。
  そんな俺にゴブが声を掛けてきた。
  「お疲れさん」
  「ああ」
  何が疲れたか?
  そいつはドラウグールの絡みだ。
  おそらくノーヴィスが扉で自爆したんだろうな、目撃証言から察するにそうなる。俺たちも自爆する前に遭遇したし。ミニニューク持ってるあいつにな。
  で、ドカーンだ。
  扉は粉砕。
  外に群がって他ドラウグールが突撃した来たってわけだ。
  やけに監視台に人がいるかと思えば集結中だったらしい。となるとノーヴィスはドラウグールを操れてたのか?
  一緒に共闘してた、今は事後処理に駆け回ってる市長が言うには操れる奴は操れるらしい。
  厄介なことだぜ。
  市長はノーヴィスの背後関係を洗ってる。
  状況的にチルドレン・アトムが怪しい。
  誰だって怪しむさ。
  連中はミニニュークを持ってたんだしな。
  戦前ならいざ知れずこの時代にミニニューク、小型核を製造できる技術はない。戦前のが出回っているにしても数はそうない。ノーヴィスのとチルドレン・アトムのは同一の可能性が高い。
  不幸中の幸いだが被害は特になかった。
  市民にしても全員中持ち歩いてるし保安官助手、街道警備の為の兵士が休憩の為にいたしな。副官ウェルドが爆発で中破だが修理可能のようだし一安心だ。
  市長曰く、ミスティが来る前なら危なかった、らしい。
  現状の体制も優等生が這い出してきた後で、優等生がいなければこのような体制にもならなかったらしい。
  何気にあいつ伝説になってるよな。
  くそ。
  俺も伝説の男になってやんぜっ!
  とりあえずこんな感じで被害はなかった。ドラウグールを押し返したとはいえ門が粉砕されたから警戒レベルは上がったけどな。絶対に今回の騒動の犯人挙げてやるぜ。
  神父やネイサンの仇の為にもな。
  ……。
  ……あー、誤解があるかもしれんが、一応助かったとこともあったけどな。
  あの爆発がなければストレンジャーとかいう連中に誘拐されてた。
  あいつらともケリ付けなきゃだぜ。
  ともかく。
  ともかく、そんな濃い一日だった。
  現在は夕方。
  これ以上の濃い一日は……勘弁してほしいぜー……。
  「ブッチ、実はだな」
  「なんだいゴブ」
  「お前さんの新しいお友達なんだが」
  酔い潰れてるスプリング・ジャック一味を指差す。
  「1000キャップほど飲み食いしたんだが」
  「……マジか」
  奢るなんて言わなきゃよかったぜ。
  あー、だが俺様はこいつらの兄貴分だからなぁ。
  「支払いどうする? 給金から引くか? キャップで支払うか?」
  「キャップで」
  「だよなぁ。気分の問題だよな」
  「ああ」
  結局は同じたがしばらくただ働きと、一括で支払うとのでは気持ちとして前者は嫌だ。あくまで気持ちの問題で意味は同じなんだけどよ。
  だがあいにく手持ちにはない。
  部屋にはあるけどよ。
  この間ビリーとアンダーワールドに行った際の報酬で支払うとしよう。
  立ち上がって部屋に行こうとすると……。
  「ゴブ、精算を頼む。ブッチの分も上乗せしてくれていい」
  Mr.クロウリーが俺の方を見て笑いながら言った。
  「おいおいどういうことだよ?」
  「言った通りだよブッチ。お前さんは気に入ったからな、ここは支払っておくとしよう」
  「いや、それは駄目だ」
  「何で?」
  「兄貴分として、俺はこいつらの分を支払うと言ったんだ。それじゃ俺の男が立たねぇ。気持ちはありがたいけどよ、俺が払うぜ。サンキュな」
  「面白い人間だ」
  改めて俺をまじまじと見る。
  気に入られてるのか?
  よく分からん。
  「じゃあブッチの意見を尊重するか。ゴブ、俺の分だけ精算してくれ。チェックアウトする」
  「分かった」
  「さてブッチ、一ついいことを教えてやるよ」
  「いいこと?」
  「あの、ドラウなんとかって奴ら。あれはフェラルじゃないぞ。目を見たらピーンと来た。ありゃ普通のグールだ」
  「はあ?」
  グールだって?
  普通の?
  ゴブを見るとゴブは肩を竦めた。言っている意味が分からないというジェスチャーだ。
  「Mr.クロウリー、何だって分かるんだ?」
  「二階から見てたからな。ちょっとは援護したんだぜ? これでも銃の腕はあるんだ。ゴブは店の中でがくぶるしてたから見てないんだ、分かるはずもないが、俺はピーン来たね」
  「だが、あいつら素手で突撃して来たぞ?」
  「その理屈は知らん。だが目には知性があった。少なくとも命令を聞く頭はありそうだったよ。この情報を、ギャングの親玉に奢るとしよう」
  「ああ。ありがとな。何がどう繋がるかは分からないが貴重な意見をサンキュだぜ」
  「その素直さは好きだよ。まあ、何だ、今度俺の店に来たら奢るよ。じゃあな」
  「ああ。またな」
  精算を済ませてMr.クロウリーは店を出た。
  どこに行くのだろう?
  ああ。
  ケリィのおっさんの行方を探してたからな、行方を掴んだから出てくのか。それか街がこの状況だから、これ以上厄介になる前に離れたのか。
  さてさて。
  どうしたもんかな。
  情報が増えちまった。あれがフェラルってのじゃないとすると、何なんだ?
  「まずは腹ごしらえしなきゃね、Mr.ギャングスタ」
  ノヴァ姉さんが食事をテーブルに並べた。
  新メニューのミレルークシチュー。
  アツアツだ。
  スプーンを手に取り引く口食べる。
  うめぇー。
  あったまるぜ。
  トロイがビールを注いでくれる。ビールが空になったでしょとシルバーが新しいビール瓶を持ってきた。
  とりあえずは腹ごしらえだ。
  皆に好意が嬉しい。
  ドラウグールは押し返したし、店の外にはベンジーとED-Eがいる、街がこんな状況だから完全に警戒態勢になってる。ストレンジャーとかいう連中も手出しできないだろう。
  しばらくは飲み食いに浸ろう。





  リベットシティ。医務室。
  ピッ、ピッ、ピッと定期的に、断続的に音が響く。
  1人の女性がベッドの上に横たわっている。
  Dr.マジソン・リー。
  ハークネス似のアンドロイドに心臓の真下を撃ち抜かれた、浄化プロジェクトに従事していた科学者。
  当初心肺停止だったが今では脈は戻っている。
  ゆっくりと目を開いた。
  「……生きてる……」
  「……っ! 先生、Dr.マジソン・リーが目を覚ましましたっ!」





  レギュレーター本部。
  メガトン共同体、BOSと連携はしているが情報交換は全くしていない。
  しかし全ての情報は把握していた。
  各地にいる、普段は一般人として生活しているレギュレーターから情報は入って来るしライリーが要塞に無線機で報告した内容も傍受して知っている。
  そしてそれは全てソノラの元に飛び込んでくる。
  他の勢力を信用しているとかしていないではない。孤高を保つことこそが中立だと信じているからだ。
  それゆえの行動。
  全ての情報を把握しているソノラはそれらを頭の中で繋げ、そして整理する。
  ミスティがBOSに提出したエンクレイブ絡みの報告書のコピーもある(これは必要であれば配布されるもので、ソノラはBOSに配布を要請した正規のもの)。
  ソノラは呟いた。
  「そういうことか」
  今回の騒動が彼女の頭の中では繋がっていた。全ての答えはミスティの報告書にあった。
  オータム大佐は言った。
  エデンはミスティをミュータント全滅の道具にしようとしたことを、前の奴はへたれたと。
  前の奴。
  それが犯人だと彼女は結論付けた。
  しかし証拠がない。
  状況証拠だけだ。
  もちろんレギュレーターは必ずしも証拠を必要とはしないが、さすがに事が大き過ぎる。確証が必要だった。
  証拠が必要だ。
  ならば。
  「炙り出すしかないようですね」





  「あー、食った食った」
  結局シチューは三杯食っちまったぜ。
  ウィルヘルム埠頭を取り仕切るスパークル婆ちゃんのシチュー、レシピ通りとはいえゴブは完全に味を再現している。
  「ゴブ、美味かったぜ」
  「そいつは何よりだ」
  シルバーが皿を下げてくれる。
  「ゴブってグルメなんだな」
  「ぐるめ? 何だそりゃ」
  「何だ知らないのかよ。美食家って意味だったと思うぜ」
  「そ、そうか、そいつは嬉しいな。もう一本ビールでも飲むか? 奢るぜ」
  「わりぃな」
  ビールを一本サービスしてもらう。
  疲れているからか酔いが回るのが早いぜ。

  「よかった、まだ起きていたか」

  市長が来店。
  アッシュとBOSから派遣されているピグスリーも一緒だ。
  「う、ううん」
  うめき声をあげながら酔い潰れていたスプリング・ジャックが目を覚ました。
  一瞬状況が把握できないらしい。
  周囲をきょろきょろと見ていた。
  俺を見て笑う。
  「兄貴、ご馳走様でした」
  「おう」
  それから頭に手を当てて俯く。
  飲み過ぎで頭が痛いらしい。手下どもは……あー、俺様の手下にもなるのか、そいつらはまだ酔い潰れたままだ。
  「市長、どうなったんだい?」
  経過を聞いてみる。
  ドラウグールを押し返すのには協力……というか、より正確には共闘しなければやばかったしな、屋外に俺もいたし。もちろんメガトン住まいの俺としては店にいても助けに言ったけどよ。
  ともかく。
  ともかく俺が知っているのはドラウグール戦までだ。
  その後はここに帰ったからな。
  事後処理、そして関与していると思われるチルドレン・アトムのマザー・マヤに関しての対処は当然ながら与り知らない。
  俺が聞いているのはそのあたりのことだ。
  「マザー・マヤだが消息不明だ」
  「マジか」
  「ただ家を調べたんだがな、どうも二階に信者がいたらしい。俺たちが行った時もな。そいつらは死んでいた。自殺だ。自分らで喉をナイフで刺してる。全員死んでた」
  「じゃあマザー・マヤだけ逃げてるのか?」
  「そうなるな」
  「どこに?」
  「そいつは知らん。ドラウグールがラッシュしてたし門は吹き飛んでたからな。あの混乱だ、逃げられたんだろう。気付かなくても仕方ない」
  「そうださっきMr.クロウリー……あー、ここにいた客に聞いたんだけどよ、あれはフェラルじゃないらしい」
  「何だと?」
  「知性があったんだとさ、目を見たら分かるとか何とか。理屈は知らんし正しいかも知らんけど、そういう情報だ」
  「そのMr.クロウリーとは何者だ」
  「グールだよ。アンダーワールドで店やってる。ゴブの昔馴染みだ。なあ?」
  「市長、彼の人柄は知ってます。情報が合っているかは知りませんけど、嘘をわざわざ付くような奴じゃないです」
  「うぅむ」
  考え込む。
  そりゃそうだ。あれが知性あるなら何だって無手なんだってことだもんな。そして知性があるっていうならただ偶然この辺りに移動してた来ったわけではないわけだし。
  市長たちはあれを獣として見ていた、ただのテリトリーの移動的な位置付けだった。
  知性があるなら?
  一気に話が変わってくる。
  悩むのも無理はない。
  アッシュがそんな市長の袖を引いた。
  「敵は敵です、今はそれは置いておきましょう」
  妥当だな。
  知性があろうが何だろうが排除するだけだし。
  「ブッチ、マザー・マヤの家からミニニュークがなくなっていた」
  「となるとあの時ノーヴィスって奴もあそこにいたってわけか」
  「そうなるな」
  「ストレンジャーって奴らは何なんだ?」
  「西海岸にいる傭兵団だ。ほぼ半数のコードネーム持ちが能力者だ」
  「マジかよ、全員優等生みたく強いのかよ」
  「能力はそれぞれ違うようだがな、ただ今回の件には関与してないだろう。少なくともドラウグールに関しては連中も想定していなかったと見える」
  「だな」
  そうじゃなきゃ誘拐されてたし。

  「あのー」

  二階から誰か下りてくる。
  ああ。
  こんな奴いたな。そういえば。
  ボルト至上主義者のおっさんだ。聖なる光修道院から水を盗んで、飲んだ2人がグールになったとかって奴だ。俺が保護したんだっけな、ドラウグールで忙しくて忘れてたぜ。
  「二階に通してたのか?」
  「ええ。彼らに怯えちゃって」
  シルバーはスプリング・ジャックたちを指差す。
  まあ、見た目はレイダーだからな。
  ボルトにレイダーが突撃した時のことを考えると、大抵の奴らがトラウマになっていると思うし仕方ないか。ありゃ衝撃的だったからな。お蔭でボルト開放派もびびってたし。
  「丁度いいところに来たぜ、話があるんだ」
  「え、ええ」
  「びびるなよ。そうだ飯は食ったか?」
  「ご馳走になりました。美味かったです」
  「だってよ、グルメのゴブ」
  ゴブは嬉しそうに笑った。
  ボルト至上主義の男は椅子に座る。
  「もう一度説明してくれ、水の話」
  「廃墟の街に行ったら、大きな建物があって、そこの倉庫に水が沢山あったんです。ラベルのないペットボトルがたくさん。中は水みたいだったから、失敬して。俺ら喉渇いてたから」
  「倉庫の状況は? 鍵とか」
  「鍵もなかったし扉が開いてたし、それで盗んだら……」
  そこまで言って頭を抱えた。
  無理もない。
  いきなり仲間がグールになっちまったんだからな。
  「それについてなんだが」
  ピグスリーが神経質そうな顔で言った。
  「何とか解明したよ。やれやれようやく説明ができるな。ここは嫌いではないが浄水施設を直して要塞に帰りたいので簡潔に言おう」
  「頼むぜ」
  「ありゃ放射能入りだ。濃度はそう高くない。少なくともグールにはならん。ただ面白い成分があった」
  「面白い?」
  「あー、別に変な意味じゃないぞ? 科学者的に興味深いって意味だ。あの水には放射能の耐性を下げる何かが混入している。何かは知らん。アッシュ君に聞いたのだが前にグールになり
  かけの旅人がいたとか。放射能の耐性を落とされたからなりかけになったんだろうな」
  「じゃあ何だってボルトの人間は完全にグールになったんだよ。……完全になんだろ?」
  「ええ、まあ」
  ゴブをちらりと見て頷いた。
  別にちらりと見たことに他意はないだろう、ボルトにいたらグールには会えないわけだし。
  「いいかね、ボルトの人間は戦前の人間と同じだ。それに対してウェイストランド人はずっと外にいた。結果として進化したんだ、放射能に対してな。ある程度の耐性が生まれてる」
  「ああ」
  なるほど。
  その理屈はなら分かり易い。
  「つまりボルトの人間はそもそも耐性がないんだな、耐性がないから、一気にヤバいレベルまで汚染されちまったんだな」
  「そういうことだ。飲むことによりグール化しやすい体質になったということだな」
  「何だってそんなものを作るんだ? 何か混ぜてるんなら人為的なんだろ?」
  「そいつは聞くな、知らん。犯人に聞いてくれ」
  「だな」
  「じゃあ浄水施設の復旧に戻るよ。健闘を祈る」
  深々と市長が彼に向かって頭を下げた。
  ピグスリーの献身さには敬服だぜ。
  彼が去った後、スプリング・ジャックが大きく伸びをして、それから手下たちを叩き越した。
  何だ?
  「兄貴、水の絡みを調べてるのか? 悪いな、聞いてた」
  「そりゃ起きてるんだから聞こえてるだろ。水の一件を調べてるよ、それがどうした?」
  「蛇の道は蛇ってね。昔馴染みの悪党から聞いたことがあるんだ、水を高値で買う奴がいるからお前もどうだってよ」
  「マジかっ!」
  「そいつは俺のダチだ。ダチも誰かから聞いたらしい。それが誰かを探って来るぜ」
  「そうか、助かるぜ」
  「気にするなよ兄貴。トンネルスネーク最強っ! ……だろ?」
  「ああ、最強だぜ」
  「じゃあ俺ら行くわ。何かあったらここに連絡するぜ。トロイの兄貴、ブッチの兄貴を頼むぜ」
  「は、はい」
  手下を引き連れでスプリング・ジャックたちは出て行った。
  店の外で軍曹の兄貴、またなという声が聞こえる。
  奢ってよかったな。
  助かったぜ、兄弟っ!
  「色々と話が進んできたぜ、市長。で、どうするんだ? 俺に何か頼みがあるんだろ、言ってくれよ。疲れてるんだが目が冴えちまった。今から何かしてほしいんだろ?」
  「聖なる光修道院に探りを入れて欲しい」
  「この時間に?」
  「この時間だからさ。連中も何か関与している可能性もある。ドラウグールは外から来ている、しかしあれだけの数なのにどこから来たのか場所が分からない。今も分からん。関連がある
  なら、今回の襲撃は失敗したんだ、態勢を整える前に探りを入れたい」
  「なるほどな」
  ドラウグール、あいつらが飼っている可能性もあるってわけか。
  しかしだとすると……。
  「あいつらアトム絡みで結局は繋がってるってことか?」
  「ノーヴィスが聖なる光修道院の側で、チルドレン・アトムのミニニューク欲しさに利用していた可能性もある」
  「マザー・マヤは……いや、いい」
  憶測だ。
  何を言っても憶測だ。
  今は動く時だ。
  「誰と行けばいい?」
  「アッシュを同行させる。そっちはお前さんのギャング団で行ってくれ。悪いが俺は行けない。門があんな状況なんでな」
  「ヤバい状況だったらどうするんだ? 俺らだけで戦うのか?」
  さすがに数が足りない。
  「アカハナ達に要請しとく」
  「アカハナ」
  要請、という言葉を市長は使った。
  そりゃそうか。
  あくまで優等生の部下であってメガトン傘下ではない。優等生の言い付けで、あとアカハナ達は気さくだからな、ある意味で自主的にメガトンの警備やら街道の警備に手を貸してはいるけど
  厳密に言えば優等生の部下だ。そしてピットから派遣されている部隊でもある。そういう意味合いで要請という言葉を使うんだろう。
  「今は街道警備に出てるがすぐに戻るだろう」
  「とりあえず俺らは先行した方がいいってわけだな、連中が証拠隠滅とかする前に。まあ、関わってたらだが」
  「そうだ。頼めるか」
  「任せとけ」
  「助かる。前にも言ったが頼める人間はそういないんだ、この状況だしな。手薄なんだ。ブッチ、頼んだぞ」
  「分かったぜ」
  ガチャ。
  酒場の扉が開く。
  「すいません今日は閉店で……」
  そこでゴブは言葉を飲んだ。
  3人組が入って来る。
  全身を防具で固めた、男だか女だか全く分からない3人組。
  メトロの連中だ。
  「すまないな、来てくれたか」
  市長がそう言った。
  ふぅん。
  わざわざ呼んだってことか。
  「ゴブ、備蓄してある浄化された水があるだろう? 彼らに樽一つ分渡してくれ。キャップは俺が払う。ドラウグール退治に手助けしてくれた報酬なんだ、彼らは水を欲しがっているようだからな」
  「分かりました」
  ゴブは店の奥に消える。
  水?
  こいつら水が欲しいのか?
  そういえばドラウグールが来た時に対応してくれてたな、こいつら。
  「よお、ありがとな」
  「……」
  こちらを見るだけ。
  何も言わない。
  まあいいけど。
  「メトロの奥に住んでるんだって? 何だって外で暮らさないんだ?」
  「……」
  「ははは。悪いな、話し掛けちまって。ただ感謝したかっただけさ、ありがとな」
  「……変わった原住民だな」
  フルフェイスのマスクのせいで声がくぐもっている。
  性別が分からん。
  「マックス、相手にするな」
  「そうだ。接触は禁止されてるだろう、マキシー」
  他の2人が口々に言う。
  マックス?
  マキシー?
  女なのか、男なのか、分からんな。
  「性別が分からんと喋り辛いな」
  「性別なんてくだらない」
  「はあ?」
  マックス?マキシー?は続ける。
  「見た目とか性別で第一印象が決まる。そんなものはくだらない。我々メトロの住人は中身で接する。敢えて容姿を隠すのも、その為だ」
  「えっ? じゃあお前らお互いに性別知らないのか?」
  「顔も知らない」
  「マジか」
  すげぇ世界だな。
  「我々は汚染されたくないからこういう恰好をしている、というのもある」
  「じゃあ結婚とかどうするんだ? 顔見せないだろ? いや顔はともかく性別も知らないんだろ?」
  「長老が決める。長老だけが性別を知っている。親は、まあ、当然知っているが、今の自分の容姿は知らない。結婚した時、初めて顔を見せる。それ以外では人前ではこれは脱がない」
  「へぇ。でもそれだとお前ら狡くないか?」
  「狡い?」
  「だって外の奴らの顔は当然見えてるんだろ、お前らだけ顔隠すなんて狡い……」
  「お前ら汚染された原住民は対象外だ。我々は純血の人類だからだ」
  メトロそのAが強引に話を終わらせた。
  純血、ね。
  ずっと地下にいたから汚染されてないってわけか。
  まあいい。
  そろそろやることをやろう。
  「トロイ、アッシュ行くぜ」
  「はい兄貴」
  「……やれやれ。今夜は徹夜か」






  『ハロー、アメリカ』
  『こちらはこの不条理な世界に安らぎと平等を与えるエンクレイプラジオ』
  『さてここで霊的な引用を』
  『大統領ジョン・ヘンリー・エデン自ら、あなたの心に届けよう』
  『尊敬を得たければ優れた人間と行動を共にしろ。下らない人間といるぐらいなら孤独の方がマシだからだ』





  「トロイ、優等生のワッズワース直してやれよ。出来るんだろ?」
  「修理は僕でもモイラさんでも出来ますけど破損した人格データのチップは作れません。なくても動作はしますけど……無人格のロボットは、その、わりと怖いですよ」
  「まあ、そうだな」
  用意を整えてメガトンの外に出た時は完全に夜になっていた。
  俺たちは歩く。
  スプリングベールの廃墟に。
  かなりまともな家屋があるのだがスプリングベール小学校だかにレイダーの集団が昔いたらしく、誰も入植できなかったようだ。まあ、今と違って物騒だったみたいだしな。
  だとしたら優等生って……あー、くそ、かなり先に行かれちまってるな、あいつには。
  「いいかブッチ、交渉はお前だぞ」
  「分かったよ」
  アッシュの言葉にうなずいた。
  前回同様ってわけだ。
  聖なる光修道院に表敬訪問するメンバーは俺、トロイ、ベンジー、アッシュ、ED‐E。数は少ないが遅れてアカハナの部隊が来るらしいから問題ないだろう。
  あいつら今じゃ全員がパワーアーマーだからな。
  ピットから送られてきたらしい。
  いいよなぁ。
  俺たちの基本武装は相変わらずだが、それ+アッシュはコンバットショットガンを背負ってる。
  とりあえずは話し合いの為の派遣だ。
  戦い?
  ならないかもな。
  ほとんど憶測だけで行っているようなものだ。
  廃墟の街が見えてくる。
  ふぅん。
  かなり大きな建物がある。廃材を使って自分らで作ったのだろう、聖なる光修道院があった。その周りには戦前の家屋が立ち並んでて戸口や窓から光が漏れていた。
  どうやら信者たちの宛がわれている家屋らしい。
  もっともそっちには用がない。
  修道院の入り口に進み……それから入口を無視して裏手に回ろうとする。
  「ちょっとちょっと」
  入り口に立っていた法衣のおっさんが見咎めて声を掛けてくる。
  「何だよ」
  「どちらに行かれるのですか?」
  「建物の裏手」
  「何故?」
  「言わなきゃダメか?」
  「ここは我々信者の街です。我々の規則に従ってもらわなければ。怪しいですね、あなた方。私は修道士ジェラルドです」
  「俺はブッチだ。実は俺の関係者がここで水を盗んだとか言ってな。倉庫から」
  「ほう?」
  「見せてくれないか」
  「倉庫をですか? 弁償するなら、別に見る必要もないでしょう」
  「見せたくはないということか?」
  「……分かりましたよ、こちらにどうぞ」
  かなり図々しいがとりあえずは第一関門クリアだ。
  ベンジーは周囲を警戒しながらついてくる。
  頼りになるぜ。
  「ここですが」
  「ふぅん」
  倉庫だ。
  倉庫がある。
  しかし中には何もない。何もだ。
  「どこに水があるんだ?」
  「別に私は倉庫に水があるとは言ってませんよ。ただ、そちらが盗んだ、と言うから見せただけです。潔白を証明する為に。弁償を要求したのも盗んだと言うから……」
  「分かったよ、悪かった」
  「ではお引き取りを」
  「修道院の中を見せてくれよ。俺たち、そう、入信したいんだ」
  「あいにくですがマザー・キュリー三世はお休みの時間です。また明日出直してください」
  「分かった」
  その時、ベンジーが俺の耳に顔を近づけて囁く。
  「ゾンビがいるぞ。こちらの様子を伺ってる、敵意は知らんが少なくともこちらを視認している。数は2体だ。バーテンのゴブみたく良い奴かは知らん」
  ベンジーが離れた。
  ゴブみたく良い奴かは知らん、それはつまりドラウグールか普通のグールかは分からないってことだ。
  2体、か。
  たぶんボルトの奴だろう。
  水飲んで変異した2人のなれの果てだ。

  「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」

  奇声が響く。
  自我吹っ飛んでるな。フェラルってやつだ。
  こいつは利用できるぜ。
  「ベンジー、頼むっ!」
  「よしきた」
  アサルトライフルで走ってくる2体を撃ち殺す。
  俺は叫ぶ。
  「いったん修道院に逃げるぞっ!」
  「困りますっ!」
  「非常事態だっ!」
  ジェラルドを振りほどいて俺たちは走り、鍵は掛かっていたが体当たりでこじ開けて、強引に修道院の中に駆け込んだ。緊急事態だからな、仕方ない(棒読み)
  中は薄暗い。
  正面には祭壇がある。
  そして長椅子が並んでいる。
  「おや生贄がまた飛び込んできましたね。私がマザー・キュリー三世です。あなた方は何者ですか? まずいところを見られました」
  「モニカっ!」
  アッシュが祭壇を見て叫んだ。
  祭壇には縛り付けられたモニカさんの姿がある。幸い死んではいないようだ、五体満足かは分からないが息をしているのが見える。祭壇にいるのはマザー・キュリー三世を名乗る法衣の
  婆さんと、法衣を着た信者らしき三人。そいつらはナイフ片手にこちらに向かってこようとするもののアッシュのショットガンで肉塊と変わった。
  バタバタと奥からさらに出てくる。
  そいつらはサブマシンガンやらショットガンやらを持ち出していた。
  ちっ。
  厄介だぜ。
  前面には8人の信者、さらに背後も固められているのが分かる。ゆっくりと振り返った。撃つつもりならとっくに撃っているだろう。
  ジェラルドと3人の信者。
  ただ出入り口から見える外の数は次第に増えている。
  夜をまったり家で過ごしていた信者どもってわけだ。
  前門の虎、後門の狼。
  「武器を捨ててもらいましょうか、私はマザー・キュリー三世です。アトムの預言者よりこの世界の浄化を任されました。こんばんわ、信仰が目的ですか? 実は私はマザー・キュリー三世なんです」
  「はっ?」
  何だこの婆さん、言動がおかしいぞ。
  今度はジェラルドが言う。
  「そこの女はレギュレーターの女だ、そっちの男も同じコート着てるな、つまりはレギュレーターか。ラドックとか何とか言ってたがそいつを殺したのは我々ではないが勝手に入ってきて色々と嗅
  ぎ回っていたので今から処理するところだった。もちろん、久々の女だから、殺す前に色々とする予定なんでな、とっとと終わらそう」
  「俗物が」
  「ふん。この世は所詮幻想の産物だ。幻想相手に何しようが罪には問われない。我々こそが真理、アトムこそが真理っ! 我々のみが真理に生きているのだっ!」
  「トロイ、頼むわ。外の連中を蹴散らせ」
  「はい兄貴。さあED-Eっ!」
  「<Beep>」
  勇ましい音楽が鳴り響く。
  ジェラルドたちは笑った。外の敵は10を軽く超えている。たかがプロパガンダを撒き散らすエンクレイプアイポッドと勘違いしているようだ。
  トロイは叫んだ。
  「な、薙ぎ払えっ!」
  どもってますぜ、トロイ。

  ジャジャジャジャ。

  赤い火線がジェラルドたちを撫でる、瞬間吹き飛んだ。それだけで外の敵は沈黙した。さらにレーザー光線を祭壇の方にいる連中に放つ。受けた男は炭化、完全に混乱ている敵は銃を撃つ
  前に俺たちが圧倒した。9oを乱射し、敵を黙らせる。アッシュもベンジーも撃つ、トロイは……まあ、ED-E頑張ってるから腰抜かしててもいいか。
  残っているのはマザー・キュリー三世だけ。
  ほとんど意味も分からずに掃討してしまった。
  まあ、いいか。
  「おい婆さん」
  「……」
  「どういうつもりだよ、これはっ!」
  「私はマザー・キュリー三世、私気マザーぎゅりー賛成、私は私をたわし綿ワシ……」
  「な、何だ、こいつ」
  正気じゃないのか?
  落ちているナイフを拾ってきょろきょろと見ている。ふと視線を落としてモニカさんを見下ろした。
  やべぇっ!
  振り下ろされるナイフ、しかし刺さる瞬間にモニカさんは祭壇から転げ落ちた。縄を祭壇に残して。瞬間、ひっくり返るマザー・キュリー三世。モニカさんが足払いをしたのだ。
  「うー、不覚だった」
  「無事で何よりだ」
  ほっとした表情でアッシュは呟いた。
  にしてもタフだぜ、モニカさん。
  「アッシュ、どうしてここに」
  「調査だ。ぎりぎりセーフじゃないのか、お前」
  「貞操がやばかった。……ラドックは殺されてた、草むらで死んでた。誰が殺したかは知らないけど、ここが怪しかったし、調査してたら捕まったのよ」

  「クスリーっ! おクスリーっ! 預言者様、わったしーのお薬の時間でーすよー、ひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

  床に尻餅したままマザー・キュリー三世が叫んだ。
  薬中か、こいつ。
  狂ってる。

  バタン。

  その時、扉が閉じられた。じゃぶじゃぶと何か液体が扉に掛けられる音。
  そして燃え上がる扉。
  扉だけじゃない。
  建物の周りにも何かを掛けられる音がする。
  ガソリンかっ!
  「丸焼けは勘弁だぜ」
  ベンジーはそう呟いた。
  くそ。
  生き残ってた連中が修道院に火をつけやがったっ!